
現役社内翻通訳者のYです。<詳しいプロフィールはこちら>
通訳学校での学びや日々の奮闘を、実体験を交えて綴る「通訳学校回顧録」シリーズをお届けしています。
通訳準備の後半は、暗唱課題や自主的な復習を経て、期末テストを意識する時期でした。この記事では、その過程で私が感じた小さな変化と揺れ動く心境を振り返ります。
はじめに
サイマルアカデミー通訳準備クラスの後半は、“学習”から“訓練”へと足場を移していく時期でした。サイマルアカデミー通訳準備の後半に入った頃、私はこれまで以上に「自分に通訳基礎力はついてきているのか」と考えるようになりました。暗唱課題を続ける中で、自分なりに工夫した復習方法も試しつつ、少しずつ手応えを感じ始めたのもこの時期です。
後半に芽生えた手応えと不安
一方で、期末テストが近づくにつれて落ち着かない気持ちになり、何度もクラス概要を読み返しては、自分に必要とされている基礎力の意味を確認していました。読み返すたびに「自分はそこに届いているのだろうか」と自問自答していたのです。
思い返せば、通訳準備の後半は小さな成功体験と不安が交錯する時間でした。暗唱で記憶が定着していく実感、赤ペン先生で露わになる弱点、そして迫り来る期末テストへの緊張感。目の前の課題をこなすたびに、「少し進めたかもしれない」という手応えと、「まだまだ足りないのではないか」という焦燥感が交互に押し寄せてきました。
このときに味わった「そわそわ」は、通訳準備だけで終わるものではありませんでした。むしろ、これ以降の各クラスでも繰り返し訪れることになる、その最初の体験が通訳準備の期末テストだったのです。
BBC音源で学んだ通訳の聴き方
通訳準備ではBBCニュース音源を繰り返し扱いました。最初の頃、私は情報を取りこぼしてばかりで、断片的にしか理解できませんでした。
不思議なのは、普段の英語での会話や業務での打ち合わせでは、そこまで聞き取りに苦労したことがなかったのに、BBCニュースだけはまるで別物のように情報が頭に入ってこなかったことです。私にとっての理由は──不慣れなトピックだからか、イギリス英語のアクセントに十分慣れていなかったからか、それとも「通訳のために聞く」という普段とは違う聞き方に体が追いついていなかったからか。おそらく全部が重なっていたのだと思います。
しかし後半に入ると、不思議なことに「頭に情報が入ってくる感覚」を得られるようになりました。
もちろんすべてを聞き取れるわけではありません。けれども、以前ならただ音の洪水にのまれていたものが、断片的だった理解が、次第に筋道を立ててランプが一つずつ灯っていくように、苦手意識の奥に光が差し込む感覚がありました。
大学時代にBBCニュースで苦手意識を抱き続けてきた私にとって、この変化は大きな意味を持ちました。通訳準備で繰り返し音源に取り組むことで、長く引きずってきたトラウマを少しずつ上書きできたのです。
暗唱課題がもたらした表現力の強化
暗唱課題は、単なる記憶の訓練ではありませんでした。文章全体のリズムや感情を声に乗せて覚える過程で、通訳時のデリバリー力が養われていったように感じます。特に印象的だったのは、発音の見直しにつながったことでした。冠詞や前置詞のように普段は流してしまう部分にも意識が向き、長年正しいと思い込んでいた単語の発音が実は違っていたことにも気づかされたことも。
さらに、情報としての英語を聞いたときに頭の中でイメージ化し、情景を浮かべられるようになった気がします。この時期に暗唱課題を通して「意識の向け方が変わった」こと自体が大きな収穫でした。
この課題を通じて思い出したのが、カナダでのESL授業です。中学生のとき、童話を毎日30回音読する宿題が出され、親のサインをもらう仕組みになっていました。
読み方を自分の国の文字で書いてはいけない、つまり私の場合は日本語でのカタカナなどによる表記は禁止。しかし、意味や発音記号を書くのはOK、音読は必ず「寝る前」にすること。
正直きつくて、時には家事を多めに手伝ってサインをもらう「姑息な抜け道」を使ったこともありました。
通訳準備で暗唱に取り組むと、その記憶が鮮明に蘇りました。違うのは、あの頃は「やらされる宿題」だったのに対し、今は「自分で必要性を理解して取り組む課題」になっていること。暗唱は、過去の自分と現在の自分を結びつけ、「前に進めている」という実感をもたらしてくれました。
赤ペン先生と自己添削で見えた弱点
通訳準備を通じて特に心に残っているのが、任意のオプション課題でした。私はあえて、ポーズ時間を最小の1.2倍に設定して取り組むことにしました。
通常、準備科では1.8倍の余裕が与えられていました。けれども、上のクラスに進めば、その余裕は徐々に短くなり、最終的には1.2倍に近づいていく。どうせ避けられないのなら、早めにその環境に身を置こうと決めたのです。
とはいえ、1.2倍での訓練は容赦がありません。言い直しや余分な言葉を挟めば、無情にもビープ音が鳴り、ポーズ時間が終了してしまう。訳出が尻切れトンボになるたびに、深く息をつき、再挑戦。どこを削れば収まるのか、どう言えばもっと簡潔になるのか――何度も繰り返すうちに、自分の癖や弱点がじわりと浮かび上がってきました。
ようやくポーズ内で通訳を収められるようになった時点で、次のステップが待っていました。録音した自分の通訳を文字に起こし、赤ペンで徹底的に添削する「赤ペン先生」です。机に向かって自分の声と何度も向き合う時間は、正直に言って気が重いものでした。けれども書き出してみると、取り消し線や修正箇所だらけ。自分ではスムーズに話したつもりでも、紙の上では欠点が赤裸々に浮かび上がる――そんな現実を突きつけられました。
それでも、任意だったこの課題はすべて提出しました。3回目の提出を終えたころには、日本語の表現が以前より格段に滑らかになっているのを自分でも感じられました。苦い作業ではありましたが、振り返ればあの地道な繰り返しこそが、IC1以降につながる確かな布石になっていたのだと思います。
期末前に募る”そわそわ”と自問自答
期が終盤に差しかかると、頭の片隅から期末テストのことが離れなくなりました。中間テストはまだ英語学習の延長線上にある印象でしたが、期末は違います。完全に「通訳スキルそのもの」を試される内容に切り替わり、しかも授業で扱った素材だけでなく、新しい課題まで出される――そんな予告に、落ち着きなく過ごす日々が続きました。
不安に駆られるたび、私はクラス概要の資料を何度も読み返しました。そこには「上のクラスで通訳訓練を円滑に行うための基礎力を養うこと」と明記され、さらに「聞いた内容を正しく理解し、自分の理解として伝えられる力」ともありました。読み返すたびに「果たして自分は、その基礎力に届いているのか」と自問自答していました。
ChatGPT予想問題と「基礎力」の再確認
私なりに解釈した「基礎力」とは――英語を正確に理解し、その理解した内容を自分の言葉で説明できる力。それはこれまでの英語学習とは異なり、通訳者にとって不可欠な土台であり、準備科がまさにその力を徹底的に鍛える場であることを、改めて突きつけられるようでした。
試験に備え、私はChatGPTを使って問題を作成し、繰り返し練習を重ねました。予想問題のおかげで助けられた部分もあれば、逆にその練習に縛られて柔軟さを欠いた部分もありました。そうした揺れや学びは、後になって「期末テスト」という体験の一部として、強く記憶に残っています。この点については、次回の回顧録で詳しく触れていきたいと思います。
期末テスト前の“そわそわ”と積み上げ
通訳準備の後半を振り返ると、そこには濃い時間が詰まっていました。ニュース音源に耳を傾け続けるうちに少しずつ理解が深まり、暗唱課題では、自分の発音や表現の癖に何度も気づかされました。
もちろん、それで全てが矯正されたわけではなく、今も課題は残っています。ただ、その後のクラスや現在の現場では、デリバリーに関する指摘をあまり受けなくなったのも事実です。確かなことは言えませんが、思えばあの暗唱練習が少なからず効いていたのかもしれません。
さらに、自分なりに工夫して取り組んだ「赤ペン先生」の復習は、ただの自己添削にとどまらず、時間内に通訳を収める感覚やデリバリーを強化する基盤になったと感じます。この方法は後のクラスでも自主的に繰り返すようになり、確かな支えとなりました。
さいごに
振り返れば、通訳準備は「学習」から「訓練」へと足場を移す、ちょうど中継点のような時間でした。
あの頃はただの小さな一歩に思えた動作が、今になってみれば次の扉を開くための確かな足掛かりだったのだと気づきます。
あの頃の小さな積み重ねが、振り返ればIC1への道を静かに形づくっていたのだと。
次の回顧録ではいよいよ、通訳準備の期末テストについて振り返ります。
📖 回顧録シリーズ
サイマルアカデミーで学んだ体験を連載形式でまとめています。
このブログを書いている人
現役社内通訳者として、サイマルアカデミーで学んだ日々を「回顧録シリーズ」として記録しています。
授業での体験や葛藤、成長の過程を率直に記録しています。
同じように通訳を目指す方に「リアルな声」として参考になれば幸いです。




