回顧録#00: 未経験から社内通訳者へ―カナダ留学、現場の壁、そして通訳学校

回顧録#00|未経験から社内通訳者へ(導入編) 通訳学校体験記

現役社内翻通訳者のYです。<詳しいプロフィールはこちら>
通訳学校での学びや日々の奮闘を、実体験を交えて綴る「通訳学校回顧録」シリーズをお届けしています。

記事の概要

今は社内翻通訳者として働く私ですが、どのように英語と出会い、海外留学を経て、未経験から
エンジニアリング分野の通訳現場に立つようになったのか、さらに、通訳学校で本格的な訓練を受ける決意に至った背景をシリーズ導入編としてお伝えします。

この回顧録で振り返ること

この回顧録で書く内容は、通訳学校に通う前の自分が知りたかったことの記録でもあります。私自身が感じた迷いや決意を、できるだけそのままの形で残しておきたいと思います。

そしてこの回では、私が英語と出会った原点から、社内通訳者としての最初の歩み、そして独学で挑み続けた日々を振り返ります。学習の積み重ねや現場での経験を通じて「独学でどこまで通訳力を伸ばせるのか」という問いに正面から向き合った日々を振り返ります。

英語との出会いと幼少期の憧れ

私の英語学習の原点は、少しユニークかもしれません。母が自宅で英会話レッスンをしているのを見て、「私もやりたい!」と、幼い頃によくあるママの真似がきっかけです。

やがて、テレビで拝見した雅子さまの流暢な英語に憧れ、「私もこんな風に話したい!」という強い思いから、中高6年間をカナダの現地校で過ごすことになりました。

高校卒業後、カナダのトロント大学入学の選択もありましたが、「将来、日本で働くなら日本の大学に進学すべき」という先生のアドバイスを受け、帰国。3ヶ月間の受験勉強を経て、日本の大学に入学しました。

大学でのパブリックスピーチ

帰国後は慶應義塾大学法学部政治学科へ。大学では、帰国子女クラスが集まる英語クラスに振り分けられました。そこで直面したのは、まるで「BBCアナウンサー養成コースか!!」と思うようなパブリックスピーチ中心の授業でした。

初日にイギリス人講師が放った「このレベルのクラスで、文法ミスを指摘するのは無意味。」という言葉は、今でも鮮明に覚えています。授業は、最近話題の時事ニュースをもとに、1~3分ほどのスピーチを発表する実践的な内容でした。

自分のスピーチは、授業のたびに録画チェック、講師からの細かなフィードバック― 話し出す前の視線、話し出す前のポーズ、原稿への依存まで“丸裸”にされました。 容赦ない「ダメ出し」の連続に戸惑い、正直、トラウマのように感じていました。


ですが、この「見せ方・伝え方」の訓練こそ、 後にビジネス通訳の土台になりました。

未経験から社内翻訳へ

業後は成田空港で勤務しましたが、定型英語中心の業務に「このままでは英語力が落ちる」と危機感を覚え、転職を決意。 そこで出会ったのがエンジニアリング分野の人材企業でした。

正直、断るつもりでした。しかし、「未経験でも翻訳業務ができる」という一言に心が動き、それまで理系分野は避けてきましたが、キャリアチェンジして挑戦することに。

当時、特許翻訳法務翻訳といった専門性の高い翻訳職を探していましたが、実務経験が必須で正社員募集も少ないのが現実でした。そんな中、「未経験でも翻訳業務ができる」という言葉はまさにチャンス。客先常駐ではありましたが、正社員で働けることに魅力を感じました。

配属先は自動車メーカー。エンジン・モーター組立などの技術領域で、仕様書や技術資料の翻訳に携わりました。 機械工学の知識はゼロからのスタートです。TOEICは当初860点、英検は未受験という状態でしたが、 周囲のエンジニアに助けられながら、必死に取り組みました。

現場で痛感「生きたビジネス英語」

大学のオープンキャンパスで耳にした「学生時代の英語は、ビジネスの世界では通用しない」という言葉を、 現場で何度も思い出します。

単なる知識としての英語と、現場で結果を出すための「生きたビジネス英語」との決定的な違いを突きつけられました。

友人との日常会話と、グローバルな職場で複雑な内容を正確に伝える英語は別物。 その“差”を埋めるのが、まさに現場で鍛えられる「生きたビジネス英語」だと痛感しました。

独学の積み重ねと壁

パンデミック以降、社内の通訳需要は一気に増えました。

最初の頃は、会議で飛び交う専門用語や技術内容にまったくついていけず、正直、自分だけが別の言語空間に取り残されたような感覚を覚えました。

分からないことがあれば必死にエンジニアに質問し、彼らが図を描きながら説明してくれるのを聞いては、理解できた断片を少しずつつなぎ合わせ、ようやく全体像をつかもうとしていました。

技術英語の基本は「3C」――Correct(正確さ)、Clear(明確さ)、Concise(簡潔さ)。その言葉を胸に刻みながら、知らない専門用語に出会えば辞書を引き、関連する社内基準書や資料をかき集め、会議の前までに読み込むこともしばしばでした。

努力は決して裏切らない――TOEIC910点、英検1級、TOBIS4級。数字や資格というかたちで、自分の立ち位置が少しずつ見えるようになっていったのです。

けれども、成果の手応えと同じくらい強く、「これだけでは届かない」という感覚も募っていきました。

通訳学校へ踏み出す決断

社内会議での同時通訳や、専門性の高い議論に直面するにつれ、独学ではどうにも対応しきれない瞬間が増えていきました。逐次通訳だけでなく、同時通訳の依頼も増え、独学の限界を強く感じるようになりました。

高額な受講料、仕事との両立への不安―悩みに悩んだ1年を経て、 2023年10月、ついに通訳学校のサイマルアカデミーで本格的な訓練を開始しました。

私にとっては「自分の限界を見極め、そして乗り越えるための場所」でした。

振り返って思うこと

独学の努力は決して無駄だったとは思いません。むしろ、それらの小さな努力こそが「次のステージ」へ進む力になったと思います。自分の限界を知ったことが、学校に通う決断の原点になりました。

環境を変える選択は、小さなものでした。けれど、その選択こそが、後になって大きな転機につながったのだと、今は思うのです。

次回の回顧録では、「なぜ通訳学校にサイマルアカデミーを選んだのか」をお伝えします。



このブログを書いている人

現役社内通訳者として、サイマルアカデミーで学んだ日々を「回顧録シリーズ」として記録しています。
授業での体験や葛藤、成長の過程を率直に記録しています。
同じように通訳を目指す方に「リアルな声」として参考になれば幸いです。

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